優しい手、残酷な手



優しい手、残酷な手 0

4年間拘束され、外の事など何もわかりはしなかった。
分かっているのはロックオンはもうこの世にいなくて
声をかけてもハレルヤが答えてくれることはなくて
…マリーが生きている。
この3つの事だけだった。



プトレマイオスに帰って来て、アレルヤは目を疑った。
ロックオン・ストラトスその人が自分の目の前にいる。
4年前に死んだものだと思っていた、きっと自分だけではない。
皆、そう思っていたのに生きていた。
そう思うと嬉しくて、驚きの後にぼろりと切れ長の瞳から涙が零れ落ちた。
久し振りにティエリアとロックオンの顔を見て安心したというのもあるのかもしれない。
ただそれ以上に、ロックオンが生きていたと思うと心の底から嬉しかったのだ。

「良かった…無事だったんだね、ロックオン」

心底安心したように、今まで囚われていたのはどちらなのかわからないとでも言いたげにロックオンが両手を上げて肩を竦めて見せた。
ロックオンとアレルヤの関係は、直接聞かずとも雰囲気で伝わる何かがあった。
それでもロックオンの事を想っていたティエリアには、ロックオンが生きていたのだと喜ぶアレルヤに何を言っていいかわからず、ただ「今の」ロックオンへと目で牽制した。

「アレルヤ……だっけ?話は後にしようぜ、取り敢えずアンタ先に身体の汚れを落とした方がいい」

ティエリアの視線をどう受け取ったのか、それは本人にしかわからないことではあるが少なくともティエリアが願った方向へは動かなかった。
ちらり、アレルヤの方を見ると何処か物憂げにただ、ロックオンを見て震える唇を無理矢理開いて、泣きたいのを我慢しているようにさえ見えた。

「ロッ、クオン…?どう、したの?もしかして四年前の闘いで記憶が」
「いいや、俺は至って正常だぜ。嗚呼、そうだ。自己紹介がまだだったな、ロックオン・ストラトス…と言ってもアンタの知っているロックオン・ストラトスとは違うけどな。宜しく、アレルヤ」
「……ティエ、リア」

大きく目を見開いたまま、助けを求めるようにティエリアを見る。
ただでさえ狭くて暗い部屋に長年閉じ込めらていたアレルヤには、何もわからない。
わからないところへ、目の前へと課題を山積みにされ全て理解しろと言われているようなものだった。
その困惑はわからないでもないが、この取り乱し方は異常だ。
まさかロックオンがこのような形で表れると思わず、先に説明しておくべきだったのだとティエリアは一度息をついてから、怯えたような目をしたアレルヤを見る。

「彼は…、ロックオン・ストラトスの双子の弟、だそうだ。ガンダムマイスターとして共に闘う事になった」
「でも…ロックオンは…何で、ロックオン…に」

世界に一人しかいない。
アレルヤの知っているロックオン・ストラトスと言う男は世界に一人しか存在しないはずなのに
同じ顔で、
同じ声で、
同じ名前で、
自分の名前を呼ぶのだ。
アレルヤ、と。
優しい彼の声音とは少し違う、少しテンポが軽いようなそんな喋り方をする。
目の前にいる彼が、アレルヤの知っているロックオン・ストラトスではなく、アレルヤの知らないロックオン・ストラトスなのだと脳が理解すると途端にガクガクと身体が震えだす。
恐ろしいものでもみたように全身が震え、目の端には涙を浮かべ手にしていたコーヒーカップが揺れ、飲み干しきっていなかった珈琲が跳ねて白い拘束着の上に飛び散った。

「おいおい、何だよ失礼な奴だな。すぐに受け入れろってのは無理かもしれねぇ。けどな俺が、ロックオン・ストラトスだ」
「ロック、オン……」
「そう、言えるじゃねぇか。じゃあな、さっさとその汚ェよごれ落としてこいよ」

それだけ言うと再び扉の奥に消えていく。
これでは何をしに来たのかわからないと、ティエリアは悪態をつきたくなる気持ちを抑え込んだ。
一度片手で前髪を掻き分けた後一度大きく溜息をついて、未だに身体の震えが止まらないアレルヤの方へと視線をやる。
珈琲が飛び散り、それが指にも触れていた。
温かい方がいいだろうと、それなりの熱を持った湯が飛び跳ねても感じないほどのショックを受けたのか、そう思うとどうしていいかもわからずアレルヤの肩を叩く。

「彼は、ロックオン・ストラトスではあるがニール・ディランディではない」
「ニー…ル、…ディランディ?」

聞き覚えのないその言葉を、確かめるようにもう一度と呟く。
話しの流れとティエリアの口調からして、それはきっと自分の知っているロックオン・ストラトスの本名なのだろうと理解するとアレルヤは自嘲的な笑みを浮かべた。
ロックオン・ストラトスがコードネームな事ぐらいわかっていた。
だがソレスタルビーイングには秘守義務というものがあって、濫りに他人へ己の情報を晒す事を禁じている。
多分、聞けばロックオンは教えてくれただろう。
そうしなかったのはアレルヤが、自分自身の事を聞かれたくないという思いがあったからだ。
ティエリアがどうやってその名を聞きいれたかは知らない。
知らないが、知りたくもないと思った。
知れば知るほど、自分がどれだけロックオンの事を知らないのかと思い知らされるようだった。

「ははっ、はははははははは!!………有難うティエリア、僕シャワーを浴びてくるね」

一瞬大きな笑い声を上げて笑いだすアレルヤの目が普段のそれとは明らかに異質で、流石のティエリアも一度驚きに肩を竦めたがすぐに普段と変わらないアレルヤの様子に、ただ眼鏡を一度押し上げてふらふらと立ち上がり部屋から消えていく姿を見送ることしか出来なかった。
アレルヤが完全にいなくなってからゆっくりと、額に手を当て思考する。
彼等は愛し合っていたはずだ。 幾ら秘守義務があるとはいえ、それを忠実に守っていたのだとしたら自分はとんでもないことを口にしたのではないかと、そう思った。







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